中3たちが1月の三者面談を終えて、
第1志望として受験する高校が決まった旨の報告をしてくれた。
学校の先生から
「あなたの内申と実力なら大丈夫でしょう!」
とお墨付きをもらった高校を受ける人もいれば、
「厳しいからおすすめはできない。」
と言われた高校に挑戦することを決めた人もいる。
お墨付きをもらって、その高校を受けることは自然な流れとして、
『止められても貫ける意志』というのは、大したものだと思う。
保護者の方から教えてもらったのだが、
「1つ下げて〇〇高校に合格しても嬉しくない」と言い切ったそうだ。
重い一言ですね。
本当によく言ったよ。
そこまで腹括ってるなら、是が非でも嬉しい合格を勝ちとろう!
そう応援したくなる。
親の立場でも、我々の立場でも、
「受かってほしい・悲しい思いをさせたくない」という気持ちが先行しすぎると、大事なことを見失う。
目標を持って取り組んできた子にとっては、
合格すること自体に価値があるのではなく、
「行きたい高校に合格することに価値がある」
そういうことだ。
受験において、
一番後悔の残るパターンは、行きたい学校に挑戦しなかった場合だと思う。
挑戦しなかったことは、不合格よりも重い後悔になる。
これは私の実体験なのですが、
私は高3のときに、センター試験(今の共通テスト)で盛大にコケて、
第1志望には、まず間違いなく受からない。
第2志望も絶望的…。という状況になった。
※センター試験での失敗は以前ブログにも書いたことがあるが、英語をサボり散らかしたことが原因。反省しかない。良い子のみんなは真似しないように!
高校の先生からは
「1つでも国公立大学に合格しておけば、浪人したときの励みになる。」
「理系やし、地方でもええから国公立大学に進んで、大学院で再度行きたい大学に挑戦したらええ。院試の方が大学受験よりいい大学に入りやすい。」
といった話をされて、第3の選択肢となる大学を受験することになった。
赤本すら買っていなかった大学を受験することになり、赤本を買って一応は勉強したが、前期試験までの1ヵ月間、身を入れた勉強はできなかった。
行きたい大学でもなかったので、
試験当日に緊張した記憶もないし、合格発表も現地に見に行かなかった。
ネットで合否を確認したと思うのだが、その瞬間が全く思い出せない。
自分事のはずなのに、それぐらい合否に興味が湧なかったし、合格の喜びも全くなかった。
高校の進路指導が国公立至上主義だったこともあり、当時の私は「国公立大学に合格しておけば自信になるのかな」なんて思って第3の選択肢を受け入れたけれど、
自分の興味がなかった大学に合格したって何の喜びもなかったし、何の自信にもならなかった。
「浪人したかったらしてもいいよ。」と親には言ってもらったが、こんなグダグダな終わりを迎え、緊張の糸が切れていた私は「受験はもういいかな。ここから1年も頑張れなさそう。」という気持ちになっており、滑り止めで受かっていた私立大学への進学を決めた。
私はこの経験があるから、
散ったとしても
「本当に受けたいところは受けておけ!」
と心から思う。
受かっても嬉しくないところを受ける価値はない!
進路指導の際には、
過去の合格最低点データと睨めっこして、どう考えても受かる見込みがなければ止めはするけれど、「絶対とは言えなくても、受かる可能性は十分にあるな…。」という場合は、本人の気持ちを最大限に尊重したいし、こちらから下げるようには言わないようにしている。
進路指導としては下げるように促す方が圧倒的にラク。
学校で厳しいと言われ、塾からも下げた方が無難だと言われると、10人中9人は下げると思いますし、下げてくれたら、こちらの心配の種も1つ減りますから。
でも、受験生本人が挑戦しようとするならば、我々も親も精神的にしんどくても向き合わないといけないかと。
まぁ、3月は胃が痛い日々にはなりますが…。それも宿命。
そもそも、
どんなに安全圏とお墨付きをもらっても受験に『絶対に大丈夫』はありません。
志望校を下げて気を抜いた結果ダメだった…というパターンもありますから。
結局のところ、
誰一人として、絶対に大丈夫なんて人はいない!!!
受験校が決まったら、あとは一心不乱に1点を積み重ねる努力をするのみ。
やれることは全部やって当日を迎えよう。